実はあたくし
病気で飲み友達を失ったの
どの程度のお付き合いだった人かはさて置いて
あたしわかったの
何が悲しいのか
いなくなるってことじゃなくて変わることが悲しいと
そう言えば
25歳くらいの時に、幼稚園から高校まで一緒だった幼馴染の女子が結婚すると聞いた時は本当に悲しかったの
あ、今までの歴史が終わったんだ
得も言われぬショックというか、何かが終わって何か新しい時代が始まるんだわって
それは喜ばしいことなんだけどなんだか辛くて
今思えば変化に対応できなかったんだ、あたし
と思う
今でもそうだけど変化が何より、怖い
人の死の悲しみって物質的になくなって悲しい場合と心の隙間が埋められないと言うか今までと違う状況に怯える場合と複合的な場合とがあるんじゃないかしらと思うの
約束はしてないけどいつかまた会う事になってる 「いつか」 とか、いつまでも続くと思っていた 日常 とか、それが幻想でそのまたいつかは来ないし続くと思われた日常も続かないとわかってしまった時なんてもう絶望しかないわ
失う恐怖により恋人を作らずいつも一緒にいる人を作ってないからあたしは物質的と言うか体積的喪失より精神的喪失が強いんだと思うの
恋人、家族など常に時間と空間を共有する人たちがいる場合にとってはその人が居なくなったその人分の体積と言うかスペースがぽっかり開いちゃうからそれはそれは辛いわよね
わかってるの
だから誰か特定の人とお付き合いして万が一パートナーシップを結ぶなんてことになるのは幸せでもあり恐怖でもあるというか
あたしは昔からそう
臆病で先回りして、逃げる
いわば、予防的孤立
車も、わざわざリスクを上げるものを持つ必要なんてないわと免許すら持ってない
人の死に初めて向き合うわけじゃないのに、なんだかとてもとても衝撃を受けているあたくしがいるの
